カッパドキア
Cappadocia

カッパドキアは、トルコ中部にある歴史のある地方で、今ではふしぎな岩の景色で知られています。谷からは「妖精の煙突」とよばれる円すい形の背の高い岩がつき出ていて、人びとはやわらかい石をほって、家や教会、さらには町まるごとを作ってきました。観光地はおもにネヴシェヒル県のギョレメのあたりです。
3D地球儀で見る →ひと目でわかる
- 国
- トルコ
すぐわかる答え
カッパドキアはどこにありますか?
トルコにあります。
キノコ形の奇岩と岩をくり抜いた洞窟住居で有名で、気球ツアーが人気です。
とくに人気なのは早朝で、日の出とともにたくさんの熱気球が谷の上をただよいます。この地方は海抜1,000メートル以上の高原にあり、夏は暑くかわいていて、冬は寒く雪がふります。何百もの教会や修道院がある、初期のキリスト教の学びの中心地としても知られています。
岩はどうやってできたの?
この景色は、大昔のエルジエス山、ハサン山、ギョルリュダーの噴火でふき出した、厚い火山灰と岩の層からできています。何百万年もかけて、風と水がこのやわらかい岩をけずり、妖精の煙突やいろいろな形を作りました。
オルタヒサルやウチヒサルのような場所はかたい層でできていて、けずられるのがおそかったので高く残り、のちに岩をほったお城として使われました。2022年、IUGS(国際地質科学連合)は、カッパドキアの「イグニンブライト(溶結凝灰岩)」の地層を、100の地質遺産のリストに入れました。
地下の町
何百年ものあいだ、人びとは危険からかくれるために地下の町をほりました。迫害を受けた時代にもそうしました。デリンクユはその有名な例で、岩を直接ほって作った何層もの階があります。
ギョレメやウフララにあるような何百もの教会や修道院も石をほって作られ、かべの絵が今も残っているものもあります。
名前と歴史
カッパドキアという名前は、紀元前6世紀の終わりにはもう、ペルシャの王ダレイオス1世やクセルクセス1世の碑文に出てきます。学者たちは、ヒッタイトの言葉で「下のほうの場所」という意味の言葉から来たのかもしれないと考えています。青銅器時代の終わりには、このあたりはヒッタイト人のふるさとでした。
アレクサンドロス大王のあと、アリアラテスという支配者が自分を王だと宣言し、カッパドキア王国は黒海まで広がりました。今ではこの言葉は、この地方の自然のふしぎを表す観光の名前として、世界じゅうで使われています。
おもしろ豆知識
- 人々はここで、デリンクユのように岩をほって地下都市をまるごとつくりました。
- カッパドキアという名前は、「低い国」や「下のほうの場所」を表す古代の言葉から来ているのかもしれません。
- 何百もの教会や修道院が、岩をほって作られました。
- 人びとは、デリンクユのような地下の町をまるごとほって、中にかくれました。
- 近くでいちばん高い山、エルジエス山の高さは3,916メートルです。
地球儀では
このモデルは、円すい形の岩の塔とどうくつの家、そして空にうかぶ気球を表しています。「妖精の煙突」をさがしてみましょう。
地球儀で近くにあるもの
参考資料
更新: 2026-10-14





