帰らざる扉
Door of No Return

帰らざる扉は、西アフリカのベナンの町、ウィダの浜辺にある記念のアーチです。コンクリートと銅でできていて、1995年につくられました。奴隷にされ、奴隷の港だったウィダから海をこえて南北アメリカへ連れていかれたアフリカの人々をしのんでいます。
3D地球儀で見る →ひと目でわかる
- 国
- ベナン
- 完成
- 1995年
- 種類
- 記念碑
すぐわかる答え
帰らざる扉はどこにありますか?
ベナンにあります。
帰らざる扉はいつ完成しましたか?
1995年に完成しました。
大西洋奴隷貿易で連れ去られた人々を追悼する、ウィダーの浜辺の記念門です。
ウィダは、奴隷にされた人々が売られ、船で送り出された場所のひとつでした。アーチは長い「奴隷の道」の終わりをしめしていて、訪れた人は、とても多くの人々がアフリカの地で最後の一歩をふみ出した場所に立つことになります。ウィダは西アフリカのベナンの町で、ヴォドゥンの文化と深く結びついています。
だれがつくったの?
建築家はイヴ・アウエン=ニモンで、何人もの芸術家が手伝いました。フォルチュネ・バンデイラが柱と「浮き彫り」とよばれる彫刻を、イヴ・クペデが立っているエグングンの像を、ドミニク・クアス・ニョヌが銅像をつくりました。
エグングンは、この地域の文化の一部である地元のヴォドゥン(ブードゥー)の宗教に出てくる、仮面をつけた精霊のすがたです。芸術家たちの作品がいっしょになって、記念碑をヴォドゥンの宗教の伝統と結びつけています。
奴隷の道
この記念碑は、奴隷にされた人々が歩かされた道をたどる小道にある、6つの場所の最後のひとつです。その場所は、人々がせりで売られたチャチャ広場、どこから来たのかをわすれるようにまわりを歩かされた「忘却の木」、船を待ったゾマイの家、集団墓地であるズングボジの記念碑、「帰還の木」、そして帰らざる扉です。
今、この扉は、この歴史を思い出し、学ぶための場所になっています。
おもしろ豆知識
- アーチは、浜辺のすぐそばに立っています。
- 道の上にある「忘却の木」のまわりを、とらえられた人々は、ふるさとをわすれると言われて歩かされました。
- 彫刻には、地元のヴォドゥンの文化の考えがたくさんこめられています。
地球儀では
模型では、ウィダの浜辺に立つ記念のアーチが見られます。
クイズタイム
帰らざる扉とケープコースト城、古いのはどっち?
答えを見る
答え:ケープコースト城(1995年 対 1653年) ケープコースト城 →
地球儀で近くにあるもの
参考資料
更新: 2026-10-14





