ミナーレ・パーキスターン
Minar-e-Pakistan

1940年のラホール決議を記念してラホールのイクバール公園に建てられた国家記念塔で、ナスレッディン・ムラト=ハーンの設計により1960~1968年に建設。星形の段状基壇上の花弁形の台座から縦溝のある高さ62mのコンクリート塔が立ち上がり、全高は70m。
3D地球儀で見る →ひと目でわかる
- 国
- パキスタン
- 完成
- 1968年
- 高さ
- 70 m
- 種類
- 記念碑
すぐわかる答え
ミナーレ・パーキスターンはどこにありますか?
パキスタンにあります。
ミナーレ・パーキスターンはいつ完成しましたか?
1968年に完成しました。
ミナーレ・パーキスターンの高さはどのくらいですか?
高さは約70 mです。
ミナーレ・パーキスターンは「パキスタンの塔」という意味で、パキスタンのラホールのグレーター・イクバール公園にある公共の記念碑です。1940年3月23日に全インド・ムスリム連盟が「ラホール決議」を採択した場所に、1960年から1968年にかけて建てられました。この決議は、イギリス領インドのイスラム教徒のための別の祖国を求めた最初の公式なよびかけで、1947年のパキスタン建国につながる助けになりました。
塔は、ロシア生まれのパキスタンの建築家で技術者のナスレッディン・ムラト=ハーンが設計し、工事を監督しました。ムガル、イスラム、現代の様式がまざっています。1960年3月23日に礎石がおかれ、1968年3月22日に工事が終わり、費用は約700万パキスタン・ルピーと見積もられています。お金は、映画と競馬の入場券に少しの税金を加えて集められました。
どんな見た目なの?
塔は、向かい合った2つの三日月形の池にかこまれた、五芒星(5つの角の星)の形の台の上に立っています。池の1つは赤い大理石で、もう1つは緑の大理石でふちどられています。記念碑の高さは全部で約70メートルで、カーブした花びらの花の形から、みぞのついた高さ約62メートルのコンクリートの柱がのびています。塔はムガル、イスラム、現代の建築がまざっているので、古くもあり新しくも感じられます。
だれが建てるのを手伝ったの?
西パキスタン州知事アクタル・フサインが、1960年に礎石をおきました。ミアン・アブドゥル・ハーリクがおもな建設業者でした。当時ラホールの副長官だった有名な作家ムフタール・マスウードが、計画を完成させるのに大切な役割をはたしました。今、塔は公園の中に立つラホールの名所で、1940年の決議を思い出させるものになっています。
おもしろ豆知識
- 塔は、1940年にラホール決議が採択された、まさにその場所をしめしています。
- 台は五芒星の形をしています。
- 費用は、映画と競馬の入場券にかけた税金でまかなわれました。
地球儀では
このモデルは、段々の星形の土台の上で、カーブした花びらの花の形からのびる、みぞのついた高さ62メートルのコンクリートの塔(全体で70メートル)を表しています。
クイズタイム
ミナーレ・パーキスターンとファイサル・モスク、高いのはどっち?
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答え:ファイサル・モスク(70 m 対 90 m) ファイサル・モスク →
地球儀で近くにあるもの
参考資料
更新: 2026-10-14





