ラール・キラー
Red Fort

ラール・キラー(英語では「レッド・フォート(赤い城)」)は、インドのオールドデリーにある大きな歴史的なとりでです。ムガル帝国の皇帝シャー・ジャハーンが、都をアーグラからデリーへうつしたあとに建てるよう命じ、ムガル皇帝たちのおもな住まいになりました。高いかべは赤い砂岩でできていて、それがとりでの名前の由来です。
3D地球儀で見る →ひと目でわかる
- 国
- インド
- 完成
- 1648年
- 高さ
- 33 m
- 種類
- 要塞
すぐわかる答え
ラール・キラーはどこにありますか?
インドにあります。
ラール・キラーはいつ完成しましたか?
1648年に完成しました。
ラール・キラーの高さはどのくらいですか?
高さは約33 mです。
シャー・ジャハーンが築いた赤砂岩の城塞で、毎年インド独立記念日の式典が行われます。
とりでは1648年に完成し、設計はタージ・マハルにもかかわったウスタード・アフマド・ラーホーリーによるものとされています。今ではインドでもっとも大切な国のシンボルのひとつで、2007年に「赤い城の建造物群」としてユネスコの世界遺産に登録されました。
宮殿から軍の基地へ
とりでははじめ「祝福されたとりで」とよばれ、皇帝の一家が住んでいました。1739年、ペルシャの支配者ナーディル・シャーがせめてきて、とりでを略奪し、有名な「孔雀の玉座」などの宝物を持ち去りました。1857年のインド大反乱のあと、イギリスは大理石の建物の多くを取りこわし、とりでを軍の基地として使いましたが、がんじょうな外側のかべは残りました。
独立記念日の場所
1947年8月15日、インドの初代首相ジャワハルラール・ネルーが、とりでのラホール門の上に国旗をかかげました。それから毎年、独立記念日には首相がここで国旗をかかげ、城壁の上から国じゅうに放送されるスピーチをします。見学する人は、門や広間、庭を歩いて回ることができ、その多くはペルシャとインドの様式がまざっています。
おもしろ豆知識
- 「ラール・キラー」はかんたんにいうと赤い砂岩のとりでという意味で、「ラール」は赤、「キラー」はとりでです。
- 工事は約10年かかり、1648年に終わりました。
- とりでのかべの形がふぞろいなのは、建てた人たちがサリームガルという古いとりでもかこみこもうとしたからです。
- インドの首相は、毎年8月15日にここで国旗をかかげます。
地球儀では
このモデルは、ムガル帝国のとりでの、長い赤い砂岩のかべと門を表しています。
クイズタイム
ラール・キラーとジャーマー・マスジド(デリー)、高いのはどっち?
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答え:ジャーマー・マスジド(デリー)(33 m 対 41 m) ジャーマー・マスジド(デリー) →
地球儀で近くにあるもの
参考資料
更新: 2026-10-14





