マザーリシャリーフのブルーモスク
Blue Mosque, Mazar-i-Sharif

マザーリシャリーフ(「高貴な廟」)という都市名の由来となったハズラト・アリー廟。15世紀ティムール朝様式の建物は青とターコイズのタイルと畝のあるドームに覆われ、大理石の中庭に群れる白いハトで知られます。
3D地球儀で見る →ひと目でわかる
- 国
- アフガニスタン
- 完成
- 15th c.
- 種類
- 宗教建築
すぐわかる答え
マザーリシャリーフのブルーモスクはどこにありますか?
アフガニスタンにあります。
ハズラト・アリー廟は、イマーム・アリー廟やブルーモスクともよばれ、アフガニスタン北部のバルフ州の州都でいちばん大きな都市、マザーリシャリーフのまん中にあるモスクと聖廟の建物群です。シーア派のイスラム教徒にとって最初のイマームであるカリフ、アリーのお墓があるといわれていますが、これは信仰にかかわることです。「気高い聖廟」という意味の街の名前は、ここからきていると考えられています。
聖廟は青やトルコ石色のタイルでおおわれ、上にはみぞのあるドームがのっています。宗教や宗派に関係なく一年中人々が訪れる人気の場所で、白い大理石の中庭は、集まってくるハトで有名です。毎年たくさんの巡礼者が、新年「ノウルーズ」を祝いにやってきます。
建てられ、こわされ、建てなおされた聖廟
アリーがバルフにほうむられていると書いた、今のこっているいちばん古い文章は、1170年になくなった旅行家アブー・ハーミド・アル=ガルナーティーのものです。最初の建物は、1136年にセルジューク朝のスルタン、アフマド・サンジャルが建てた聖廟でした。チンギス・ハンひきいるモンゴル軍は、下に宝物があると信じて、1220年にそれをこわしました。15世紀に、ティムール朝の支配者スルタン・フサイン・バイカラが建てなおしを命じ、それが今のブルーモスクになりました。
その後の修理
長い年月のあいだに、ほかの支配者たちも聖廟を修理し、お金を寄付しました。シャイバーン朝のアミールがドームを建て、1357年から1359年までジョチ・ウルス(キプチャク・ハン国)のハンだったベルディ・ベグがかざりを加えました。1910年には、建物群全体を改修する計画がつくられました。1860年代のアフガニスタンのアミール、シェール・アリー・ハーンと、その親族の何人かがここにほうむられています。2025年のバルフの地震では、ミナレットが一部こわれ、かべにひびが入りました。
旗とお祭り
毎年の「ジャンダ・バーラー」の儀式では、昔はアリーをたたえて旗がかかげられ、巡礼者たちは新年の幸運を願ってその旗にふれました。この儀式は、ここ数年は公式にとりやめられています。
おもしろ豆知識
- 聖廟のまわりに群れる白いハトで有名です。
- マザーリシャリーフの街は、この聖廟にちなんで名づけられました。
- モンゴル軍は、宝物を見つけようとして、1220年に最初の聖廟をこわしました。
- 巡礼者たちは、ここで新年「ノウルーズ」を祝います。
- 2025年の地震で、ミナレットがこわれました。
地球儀では
模型では、みぞのあるドームをもつ青いタイルの聖廟と、大理石の中庭が見られます。白いハトをさがしてみましょう。
地球儀で近くにあるもの
参考資料
更新: 2026-10-14





