レギスタン広場
Registan, Samarkand

レギスタン広場は、ウズベキスタンのサマルカンドの町にある歴史的な広場です。ティムール帝国の中心で、のちには町の交易や学問、儀式の中心になりました。レギスタンという名前は、ペルシャ語で「砂の場所」という意味です。
3D地球儀で見る →ひと目でわかる
- 国
- ウズベキスタン
- 完成
- 1660年
- 種類
- 歴史地区
すぐわかる答え
レギスタン広場はどこにありますか?
ウズベキスタンにあります。
レギスタン広場はいつ完成しましたか?
1660年に完成しました。
青いタイルで飾られた3つのマドラサに囲まれたシルクロード都市の中心広場です。
広場は、イスラムの学校である3つの「マドラサ」にかこまれています。ウルグ・ベク・マドラサ、シェルドル・マドラサ、ティラカリ・マドラサです。どれもきらきらかがやく青やターコイズ色のタイルでおおわれ、そびえ立つアーチの門やドームがあって、中央アジアのイスラム建築の中でもっともすばらしい例のひとつです。レギスタンは、学問と芸術がさかえた「ティムール朝ルネサンス」の中心と考えられていました。
3つのマドラサ
ウルグ・ベク・マドラサ(1417〜1420年)がいちばん古く、巨大なアーチの門、高いミナレット、学生たちが住んだ部屋があります。15世紀のイスラム世界で最高の学校のひとつで、ウルグ・ベク自身もそこで講義をしました。詩人で学者のジャーミーもそこで学びました。
シェルドル・マドラサは1619〜1636年に、ティラカリ・マドラサは1646〜1660年に、どちらもジャーン朝のもとで建てられました。
広場で何が起きたの?
人びとは広場に集まって王の発表を聞き、その発表は巨大な銅のラッパの音で知らされました。ずっと昔、モンゴルの征服から数十年後に広場に金曜モスクが建てられ、ここは1365年のサルバダール派の反乱の中心地でもありました。
マドラサにきざまれた文字は、ペルシャ語、チャガタイ・トルコ語、アラビア語です。3つの建物は、アーチやドームの下にあるハチの巣のようなかざり「ムカルナス」など、特徴的なイスラムの様式をもっています。
おもしろ豆知識
- レギスタンは、ペルシャ語で「砂の場所」という意味です。
- 王の発表は、「ジャルチ」と呼ばれる巨大な銅のラッパで知らされました。
- 3つのマドラサは、最初から最後まで約230年のへだたりをおいて建てられました。
地球儀では
模型では、サマルカンドの広場をかこむ、青いタイルの3つのマドラサが見られます。
クイズタイム
レギスタン広場とグーリ・アミール廟、古いのはどっち?
答えを見る
答え:グーリ・アミール廟(1660年 対 1404年) グーリ・アミール廟 →
地球儀で近くにあるもの
参考資料
更新: 2026-10-14





