聖墳墓教会
Church of the Holy Sepulchre

聖墳墓教会は、エルサレムの旧市街にあります。キリスト教徒は、この教会が、イエスが十字架にかけられた「カルワリオ(ゴルゴタ)」と呼ばれる小さな岩の丘と、イエスが葬られたお墓の上に建てられたと信じています。「墳墓」とは、お墓のことです。
3D地球儀で見る →ひと目でわかる
- 国
- パレスチナ自治区
- 完成
- 335年
- 種類
- 宗教建築
すぐわかる答え
聖墳墓教会はどこにありますか?
パレスチナ自治区にあります。
聖墳墓教会はいつ完成しましたか?
335年に完成しました。
イエスの磔刑と埋葬の地とされる場所に建つ教会で、複数のキリスト教教派が共同で管理しています。
世界中のキリスト教徒にとって、もっとも大切な巡礼地のひとつです。ここに最初の教会が建てられたのはローマ皇帝コンスタンティヌス大帝の時代で、335年に献堂されました。それ以来、こわされたり、火事にあったりして、何度も建て直されてきました。今、建物は、ローマ・カトリック、ギリシャ正教、アルメニア使徒教会、コプト教会、シリア正教、エチオピア正教の6つのキリスト教の教会が共同で使っています。それぞれの教会は、だれが何をしてよいかという、とても古いきまりにしたがって、自分たちの場所を管理しています。
歴史
建設はコンスタンティヌス帝の時代の326年ごろに始まり、その母ヘレナは教会をつくった人のひとりとして記憶されています。1009年、ファーティマ朝のカリフ、ハーキムが教会をこわすよう命じ、1048年までにビザンツ皇帝コンスタンティノス9世モノマコスのもとで建て直されました。1099年にはヨーロッパから来た十字軍がエルサレムを手に入れ、1149年に、すべての聖なる場所をひとつの屋根の下にまとめる改修を終えました。1808年の火事でお墓の上のドームがくずれ、1809年から1810年にかけて建て直されました。2016年から2017年には、専門家たちがお墓の上に立つ小さなほこら「エディクラ」を修復しました。
ひとつの教会をみんなで使う
たくさんのグループがこの教会をとても大切に思っているので、「ステータス・クオ(現状維持)」と呼ばれる取り決めにしたがっています。これは1700年代にさかのぼり、1853年にオスマン帝国のスルタンの命令で決まったもので、それぞれの場所はそれを使っていた教会のものとし、共有の場所はみんなが賛成しないかぎり何も変えてはいけない、というものです。だから、少なくとも1750年代から、入口の上の窓のでっぱりに木のはしごが置かれたままなのです。だれが動かしてよいのか、意見がまとまらないのです。正面の扉も特別です。地元のイスラム教徒の家族が何百年もかぎを管理していて、毎日、ある家族のひとりが扉を開け閉めしています。
おもしろ豆知識
- 何世紀にもわたり、扉のかぎは地元のイスラム教徒の家族が預かってきました。
- 正面入口の上のでっぱりにある木のはしごは「動かせないはしご」と呼ばれ、1750年代からほとんど動いていません。
- 1981年に「動かせないはしご」をぬすもうとした人がいましたが、警察がすぐにつかまえました。
- あるイスラム教徒の家族は、1187年にスルタンのサラディンからその仕事をまかされて以来、教会のかぎをあずかっていると言っています。
- 6つのちがうキリスト教の教会が建物を共同で使っていて、共有の場所を変えるには全員が賛成しなければなりません。
地球儀では
模型では、エルサレム旧市街の、イエスが十字架にかけられ葬られたと伝えられる場所に建つ教会が見られます。ズームして、古い町の建物のあいだにある教会を探検してみましょう。
クイズタイム
聖墳墓教会と嘆きの壁、古いのはどっち?
答えを見る
答え:嘆きの壁(335年 対 紀元前19年) 嘆きの壁 →
地球儀で近くにあるもの
参考資料
- ウィキペディアでもっと読む
- Church of the Holy Sepulchre — Wikipedia
- The Immovable Ladder of the Holy Sepulchre — Aleteia
- Muslim keepers of the Holy Sepulchre keys — Inter Press Service
更新: 2026-10-13





