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水原華城

Hwaseong Fortress

水原華城
写真: d'n'c (a flickr user), CC BY-SA 2.0 · 出典

水原華城(スウォンファソン)は、ソウルから南に約30kmの水原の中心部をかこむ、韓国のとりでです。朝鮮王朝の正祖が、1794年から1796年にかけて建てました。父の思悼世子の墓をうやまう場所がほしかったのです。

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ひと目でわかる

国
韓国
完成
1796年
種類
要塞

すぐわかる答え

水原華城はどこにありますか?

韓国にあります。

水原華城はいつ完成しましたか?

1796年に完成しました。

正祖が築いた全長5.7kmの城郭で、東西の築城技術を融合し、長安門・八達門が代表的です。

城壁の長さは約5.74kmで、4つの大きな門、見張り台、のろし台、そして水原川にかかる2つの水門があります。ユネスコは1997年に世界遺産に登録しました。朝鮮戦争で被害を受けましたが、建設のくわしい記録が残っていたので、建て直すことができました。

どうして建てられたの?

正祖は、首都をソウルから、黄海や中国へ向かう道ぞいにある水原へ移すことを計画していたようです。町をさかえさせるため、人びとを移住させ、10年間税金を免除しました。とりでは、壬辰倭乱から学んだことへの答えでもありました。かんたんな町の城壁と別の山城をもつかわりに、華城は城壁、とりで、町の中心をひとつにまとめたのです。

どうやって建てられたの?

建築家の丁若鏞は、「実学(実際に役立つ学問)」の学者で、韓国と中国のとりでの考え方を、当時の科学とまぜ合わせました。れんが、滑車、クレーンのおかげで、工事は速く進みました。工事には約2年半かかりました。昔の国の工事とはちがって、働き手には給料がはらわれ、その金額は帳簿に記録されました。

とりでを救った本

1801年、「華城城役儀軌」という10巻の報告書が出版されました。設計図、監督した人、王の命令、給料、使ったそれぞれの材料の量が記されています。朝鮮戦争でとりでがひどくこわされたとき、この本が1970年代からの建て直しの手引きになりました。それが、ユネスコが修復された建物を世界遺産としてみとめた理由のひとつです。

おもしろ豆知識

  • 学者の丁若鏞が考えたクレーンのおかげで、3年足らずで完成しました。
  • のろし台には5本のけむり出しがあり、1本の火は平和、5本の火は戦いが始まったことを意味します。
  • 北の門の長安門は、韓国でいちばん大きな門とされています。
  • とりでは約2年半で建てられ、働き手はむりやり集められるのではなく、給料をもらっていました。
  • 今、にぎやかな南の門の八達門は、車の流れの中に島のようにぽつんと立っています。

地球儀では

模型では、門と塔のある長い石の城壁が見られます。大きな門の長安門と八達門をさがしてみましょう。

クイズタイム

水原華城と景福宮、古いのはどっち?

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答え:景福宮(1796年 対 1395年) 景福宮 →

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参考資料

更新: 2026-10-14