My Earth Toy(マイ・アース・トイ)

サン・マルコ広場

St Mark's Square

サン・マルコ広場
写真: Wolfgang Moroder, CC BY-SA 3.0 · 出典

サン・マルコ広場(イタリア語で「ピアッツァ・サン・マルコ」)は、ラグーン(潟)にうかぶ島々の上に作られたイタリアの町、ベネチアのいちばん大きな広場です。ベネチアの人たちはかんたんに「ラ・ピアッツァ(広場)」とよんでいます。東のはしには、ドームやアーチ、大理石でおおわれた教会サン・マルコ寺院があり、そのとなりには、昔のベネチア共和国の統領(ドージェ)が住み、政治を行ったドゥカーレ宮殿があります。

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ひと目でわかる

国
イタリア
完成
9th c.
高さ
99 m
種類
歴史地区

すぐわかる答え

サン・マルコ広場はどこにありますか?

イタリアにあります。

サン・マルコ広場の高さはどのくらいですか?

高さは約99 mです。

サン・マルコ寺院と鐘楼が立つヴェネツィアの中心広場です。

ほかの3つの辺には、お店やカフェが入った長いアーケードがならび、広場には背の高いレンガの鐘楼「カンパニーレ」がぽつんとそびえています。水辺までのびる小さな「ピアツェッタ」といっしょに、この広場は何百年もベネチアの宗教・政治・人びとのくらしの中心でした。ナポレオンが言ったとよく伝えられる言葉(本当に言ったかどうかは証明されていません)では、ここは「ヨーロッパの応接間」とよばれています。

歴史

828年から829年にかけて、ベネチアの人たちはエジプトのアレクサンドリアから聖マルコの聖遺物を持ち出し、ベネチアへ運びました。マルコは町の守護聖人になり、統領の住まいのとなりに彼のための教会が建てられました。1100年代の終わりには、広場にヘリンボーン(ニシンの骨)もようにレンガがしかれました。そのあと、1499年に完成した時計塔や、ベネチアの最高の役人「サン・マルコ財務官」たちが住んで働いたアーケードつきの長い建物ができました。ナポレオンは1810年ごろ、西のはしを建て直しました。

たおれてしまった鐘楼

カンパニーレは、町に向かってくる船を見つけたり、ベネチアの船を安全に港へみちびいたりする見はりの塔として始まりました。1514年に完成時の高さになりました。1902年7月14日、塔全体がとつぜんくずれ落ちて、がれきの山になってしまいました。ベネチアは、まったく同じ形で同じ場所に建て直すことに決め、新しい塔は1912年に完成しました。高さ98.6メートルで、ベネチアでいちばん高い建造物です。てっぺんでは、大天使ガブリエルの金色の像が風見のように回ります。

洪水とハト

広場は海面よりほんの少し高いだけなので、あらしで海の水がラグーンにおしよせる高潮「アックア・アルタ」のとき、最初に水につかる場所のひとつです。1966年の大洪水では、水は約194センチメートルまで上がりました。広場は、見学する人たちがえさをあげていたハトの大群でも有名でした。2008年、ハトが建物や記念碑をいためていたので、町はえさやりを禁止しました。

おもしろ豆知識

  • サン・マルコの鐘楼は1902年にくずれ落ち、1912年までにまったく同じ見た目に建て直されました。
  • ナポレオンはサン・マルコ寺院の正面にあった4頭の青銅の馬をパリへ持ち去りましたが、1815年にもどってきました。
  • 広場にあるカフェ「カフェ・フローリアン」は1720年にオープンし、今も営業しています。
  • サン・マルコ広場でハトにえさをあげることは、2008年から禁止されています。

地球儀では

このモデルは、サン・マルコ寺院と背の高いレンガの鐘楼にかこまれたベネチアの大きな広場を表しています。ズームして、ドームのある寺院と、そのとなりの細い鐘楼をくらべてみましょう。

クイズタイム

サン・マルコ広場とピサの斜塔、高いのはどっち?

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答え:サン・マルコ広場(99 m 対 56 m) ピサの斜塔 →

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参考資料

更新: 2026-10-13