スルタンアフメト・モスク
Sultan Ahmed Mosque (Blue Mosque)

スルタンアフメト・モスクは「ブルーモスク」としてよく知られている、トルコのイスタンブールにあるオスマン帝国の大きなモスクです。オスマン帝国を治めたスルタン、アフメト1世のために、1609年から1617年ごろにかけて建てられました。古代の競馬場「ヒッポドローム」のとなりにあり、公園をはさんで有名なアヤソフィアと向かい合っています。
3D地球儀で見る →ひと目でわかる
- 国
- トルコ
- 完成
- 1617年
- 高さ
- 64 m
- 種類
- 宗教建築
すぐわかる答え
スルタンアフメト・モスクはどこにありますか?
トルコにあります。
スルタンアフメト・モスクはいつ完成しましたか?
1617年に完成しました。
スルタンアフメト・モスクの高さはどのくらいですか?
高さは約64 mです。
6本のミナレットと重なり合うドーム、内部の青いイズニック・タイルから「ブルーモスク」と呼ばれます。
このニックネームは中のようすから来ています。かべは、ほとんどが青い色の、手でえがかれた何千枚ものタイルと花の絵でおおわれているのです。外からは、たくさんのドームが段々に重なるようすと、「ミナレット」とよばれる6本の細い塔が見えます。近くの記念建造物とともに、1985年に登録されたユネスコの世界遺産「イスタンブール歴史地域」の一部で、今もお祈りに使われています。
歴史
スルタン・アフメト1世は、思うようにいかなかった平和条約のあと、神のめぐみを得るために大きなモスクを建てたいと思いました。ふつうスルタンは、戦争で手に入れた宝でこうしたモスクの費用をはらいましたが、アフメトには大きな勝利がなかったので、国の財宝庫のお金を使いました。宗教の学者たちは反対し、そこで祈らないようにと人びとに言う人までいました。それでもスルタンはモスクを建て、その美しさが人びとの心をつかみました。アフメト1世はモスクが完成したころに亡くなり、モスクのとなりの墓にねむっています。今ではこのあたり一帯が、モスクにちなんでスルタンアフメトとよばれています。
どうやって建てたの?
建築家セデフカール・メフメト・アーは、オスマン帝国でもっとも有名な建築家ミマール・スィナンの弟子でした。「セデフカール」というあだ名は、貝がらの内側のきらきらした材料「真珠層(らでん)」の職人という意味です。彼は高さ43メートルの中央のドームを4本の巨大な丸い柱の上にのせ、そのまわりを4つの半ドームと、段々に低くなる小さなドームでかこみました。約260の窓から礼拝堂に日の光が入り、前には大きな中庭があります。
中にあるもの
下のほうのかべと回廊は、焼き物で有名な町イズニクで作られた、50種類以上のデザインの21,043枚のタイルでおおわれています。スルタンはこのタイルが大好きだったので、モスクを建てているあいだ、イズニクのタイル作り全体がその注文でいそがしくなったほどでした。デザインの多くは花や植物です。1800年代には、上のほうのえがかれたかざりの一部がぬり直され、もとの色がいくつか変わってしまいました。
おもしろ豆知識
- 内部は2万枚以上の手作りのイズニック・タイルで飾られています。
- 中は、50種類以上のデザインの21,043枚のイズニク・タイルでかざられています。
- 中庭に馬に乗って入ることが許されていたのはスルタンだけでしたが、入り口の上にある重い鉄のくさりのせいで、スルタンでさえ頭を下げなければなりませんでした。
- ある伝説では、スルタンが「金の(アルトゥン)」ミナレットをたのんだのに、建築家は「6本の(アルトゥ)」ミナレットと聞きまちがえたといわれています。
- 20世紀のはじめ、モスクの中庭から古代の競馬場ヒッポドロームの客席がほり出されました。
地球儀では
このモデルは、6本のミナレットと、大きな中央のドームへと段々に重なるドームを持つモスクを表しています。ズームして、中庭と礼拝堂のまわりのミナレットを数えてみましょう。
クイズタイム
スルタンアフメト・モスクとスレイマニエ・モスク、高いのはどっち?
答えを見る
答え:スレイマニエ・モスク(64 m 対 76 m) スレイマニエ・モスク →
地球儀で近くにあるもの
参考資料
- ウィキペディアでもっと読む
- Blue Mosque, Istanbul — Wikipedia
- 술탄 아흐메트 모스크 — 위키백과
- The Imperial Ottoman Heritage — GoTürkiye (Turkish Ministry of Culture and Tourism)
更新: 2026-10-13





