ウスペンスキー大聖堂
Uspenski Cathedral

ウスペンスキー大聖堂は、ヘルシンキにある、フィンランド正教会のおもな大聖堂です。「生神女就寝」、つまり聖母マリアがねむりについたことにささげられています。名前は、「就寝」という意味の古代教会スラヴ語「ウスペニエ」から来ています。
3D地球儀で見る →ひと目でわかる
- 国
- フィンランド
- 完成
- 1868年
- 高さ
- 52 m
- 種類
- 宗教建築
すぐわかる答え
ウスペンスキー大聖堂はどこにありますか?
フィンランドにあります。
ウスペンスキー大聖堂はいつ完成しましたか?
1868年に完成しました。
ウスペンスキー大聖堂の高さはどのくらいですか?
高さは約52 mです。
カタヤノッカの岩山に建つ赤レンガの正教会大聖堂で、金色のタマネギ型ドームが並びます。
北ヨーロッパでいちばん大きな正教会の教会です。大聖堂はカタヤノッカ半島の丘の中腹に立っていて、町を見わたせます。ロシアの建築家アレクセイ・ゴルノスタエフが設計し、1868年10月25日に開かれました。毎年約50万人の観光客がおとずれます。
どうしてヘルシンキにロシア風の教会があるの?
1812年にヘルシンキがフィンランドの首都になったあと、皇帝アレクサンドル1世は1814年、塩を輸入するときの税金の一部を使って、ルター派の教会と正教会の教会を1つずつ建てることに決めました。人数がふえていた正教会の小教区には、1827年から使っていた聖三位一体教会より大きな教会が必要でした。
大聖堂の費用の多くは、教会の信者や個人の寄付でまかなわれ、皇太子アレクサンドル3世やモスクワの商人たちから大きなおくりものがありました。生神女就寝にささげられたのは、大公としてフィンランドを治めていたアレクサンドル2世ののぞみにしたがったものです。建物のうしろには、アレクサンドル2世の記念の板があります。
古いとりでから作られた
ゴルノスタエフは、工事が始まった1862年に亡くなったので、建築家イワン・ヴァルネクが1868年まで工事を進めました。約70万個のれんがが、クリミア戦争で取りこわされたボーマルスンドのとりでから、はしけで運ばれました。
「イコノスタシス」とよばれるイコン(聖画)のついたてをえがいたのは、パーヴェル・S・シルツォフです。大聖堂の下には、1914年から1917年までヘルシンキの司祭で、のちに聖人とされたアレクサンドル・ホトヴィツキーの名前がついた地下の礼拝堂があります。
宝ものとたずね方
大聖堂には貴重なイコンがあります。19世紀の「奇跡者聖ニコライ」のイコンは2007年の昼間にぬすまれ、まだ見つかっていません。2010年にぬすまれた別のイコンは、2011年に地面の中のかくし場所から、ほとんど完ぺきな状態で取りもどされました。
長いあいだ入場は無料でしたが、2025年5月からは、礼拝の時間以外はおとなが5ユーロをはらい、そのお金は修復に使われます。大聖堂は月曜日はお休みです。
おもしろ豆知識
- ロシアの建築家アレクセイ・ゴルノスターエフが設計し、1862年から1868年にかけて建てられました。
- 北ヨーロッパでいちばん大きな正教会の教会です。
- 建築家アレクセイ・ゴルノスタエフは、工事が始まった年に亡くなりました。
- れんがのうち約70万個は、取りこわされたボーマルスンドというとりでから来ました。
- ぬすまれたイコンが、8か月間地面にうめられたあとに見つかりました。
地球儀では
このモデルは、丘の上の、金色の玉ねぎ形のドームを持つ赤れんがの大聖堂を表しています。金色のドームを見てみましょう。
クイズタイム
ウスペンスキー大聖堂とヘルシンキ大聖堂、高いのはどっち?
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答え:ヘルシンキ大聖堂(52 m 対 62 m) ヘルシンキ大聖堂 →
地球儀で近くにあるもの
参考資料
更新: 2026-10-14





