自由記念碑
Freedom Monument

自由記念碑は、ラトビアの首都リガにある高さ42メートル(138フィート)の記念碑です。1918年から1920年にかけて戦われたラトビア独立戦争で亡くなった兵士たちをたたえるもので、国の自由と独立をしめすとても大切なシンボルのひとつです。リガでは、人びとの集まりや公式の式典の中心になることがよくあります。
3D地球儀で見る →ひと目でわかる
- 国
- ラトビア
- 完成
- 1935年
- 高さ
- 42 m
- 種類
- 記念碑
すぐわかる答え
自由記念碑はどこにありますか?
ラトビアにあります。
自由記念碑はいつ完成しましたか?
1935年に完成しました。
自由記念碑の高さはどのくらいですか?
高さは約42 mです。
ラトビア独立戦争の犠牲者を追悼する高さ42mの記念碑で、頂上の「ミルダ」がラトビアの三地方を表す金の星を掲げています。
1935年にお披露目され、花こう岩、トラバーチン(石灰華)、銅でできています。積み重なったブロックから高さ19メートルのトラバーチンの柱がのび、その上には「ミルダ」というニックネームの、金めっきの3つの星を頭の上にかかげた銅の「自由」の像がのっています。3つの星は、ラトビアの歴史的な地方、ヴィドゼメ、ラトガレ、クールラントを表しています。像は町の中心の高いところに立っています。
どうやって作られたの?
アイデアは1920年代のはじめ、首相が記念の柱のデザインのコンテストを求めたときに生まれました。いくつかのコンテストのあと、彫刻家カールリス・ザーレの「星のようにかがやけ!」という作品が選ばれました。記念碑は1930年代のはじめに建てられ、個人の寄付でまかなわれました。記念碑の上には、ラトビアの文化や歴史の場面を表す13組の彫刻やレリーフがあります。
苦しい時代をこえたシンボル
1940年にソビエト連邦がラトビアをせんりょうしたあと、記念碑を取りこわすことが考えられましたが、こわされることはありませんでした。ソビエトの彫刻家ヴェラ・ムーヒナが、その芸術を高く評価していたので救うのを手伝ったという人もいます。1987年6月14日、約5,000人がここに花をささげ、この集まりが独立運動を新たに盛り上げました。3年後、ラトビアは独立を取りもどしました。多くのラトビアの人たちにとって、記念碑はそのような年月のあいだも、静かな独立のシンボルであり続けました。
おもしろ豆知識
- てっぺんの「ミルダ」と呼ばれる像は、3つの金色の星をかかげています。
- てっぺんの銅の像は「ミルダ」というニックネームでよばれています。
- 記念碑は、個人の寄付でまかなわれました。
- ラトビアの文化と歴史を表す13組の彫刻やレリーフがあります。
地球儀では
このモデルは、3つの金の星をかかげたミルダがのる、背の高い石の柱を表しています。
クイズタイム
自由記念碑とリガ・ラジオ・テレビ塔、高いのはどっち?
答えを見る
答え:リガ・ラジオ・テレビ塔(42 m 対 368.5 m) リガ・ラジオ・テレビ塔 →
地球儀で近くにあるもの
参考資料
更新: 2026-10-14





