アデレード・オーバル
Adelaide Oval

アデレード・オーバルは、南オーストラリア州のノース・アデレード地区、アデレード・パークランズにあるスタジアムです。クリケットとオーストラリアン・フットボールでいちばん知られていて、約5万3,500人の観客が入れます。カーブしたスタンドは少し波のように見え、巨大なデジタル画面のとなりには、ファンに愛されている昔ながらの手動のスコアボードが立っています。
3D地球儀で見る →ひと目でわかる
- 国
- オーストラリア
- 完成
- 1873年
すぐわかる答え
アデレード・オーバルはどこにありますか?
オーストラリアにあります。
アデレード・オーバルはいつ完成しましたか?
1873年に完成しました。
クリケットとオーストラリアンフットボールの名所で、波形の屋根と歴史ある手動スコアボードが有名です。
このグラウンドは、1871年にできた南オーストラリア・クリケット協会から生まれました。協会はトレンズ川のそばのパークランズの一部を借り、オーバルは1873年12月にクリケット場として開かれました。今は、アデレードとポート・アデレードのフットボールチーム、アデレード・ストライカーズ、南オーストラリア州のクリケットチームの本拠地です。テストマッチ(国際試合)のクリケットとトップレベルのフットボールの両方が開かれるスタジアムは、世界でもめずらしいのです。
オーバルのはじまり
最初のグラウンドをつくるのはたいへんな仕事でした。土地は人の手で平らにされ、ギョウギシバが植えられて、かこまれた場所全体は約12エーカーありました。最初の試合は1873年12月13日の土曜日に地元の選手の2チームでおこなわれ、約500人が見ました。その前の日には、2,000頭の羊がグラウンドに放されて、草を短くしました。
1882年にはグランドスタンドができ、1884年にはオーバルで最初のテストマッチが開かれました。その試合のために草の土手がつくられ、まわりにはモートンベイ・イチジクの木が植えられました。
クリケットとフットボールのための建て直し
何年もかけて新しいスタンドが加えられ、1997年には夜の試合のための照明が入り、2010年には新しいウエスタン・スタンドがオープンしました。大きな変化は2012年から2014年にかけてで、南オーストラリア州政府が4億5,000万ドルを出して、オーバルをクリケットだけでなくフットボールにも使えるように建て直しました。イースタン・スタンドとリバーバンク・スタンドが加えられ、今ではトレンズ川にかかる歩行者用の橋が、グラウンドと町や鉄道の駅を結んでいます。
有名なスコアボード
文化財に指定されているスコアボードは1911年に使われ始め、建築家F・ケネス・ミルンが設計しました。今も現代のデジタル・スコアボードのとなりに立っていて、今でも人が手で数字を変えています。オーバルで記録されたいちばん多い観客は、1965年のフットボールの決勝戦の62,543人です。2024年には「オーバル・ホテル」がオープンし、オーストラリアで最初のスタジアム・ホテルとされています。
おもしろ豆知識
- 1873年の最初の試合の前の日、草を短くするために2,000頭の羊が使われました。
- 文化財のスコアボードは1911年から動いていて、今もコンピューターではなく人が動かしています。
- オーバルでの最初のテストマッチは1884年におこなわれました。
- 記録上いちばん多い観客は、1965年のフットボールの決勝戦の62,543人です。
地球儀では
模型では、グラウンドをかこむカーブしたスタンドと、古いスコアボードが見られます。波の形をした屋根のラインをさがしてみましょう。
クイズタイム
アデレード・オーバルとハアモンガ・ア・マウイ、古いのはどっち?
答えを見る
答え:ハアモンガ・ア・マウイ(1873年 対 1200年) ハアモンガ・ア・マウイ →
地球儀で近くにあるもの
参考資料
更新: 2026-10-14





