コロッセオ
Colosseum

コロッセオは、イタリアのローマの中心、フォロ・ロマーノのすぐ東にある、とても大きな楕円形の円形闘技場です。まわりをぐるりと客席にかこまれた、屋根のない競技場なんですよ。ウェスパシアヌス帝が西暦72年ごろに建て始め、息子のティトゥス帝が西暦80年に完成させました。正式な名前は、二人の一族「フラウィウス家」にちなんで「フラウィウス円形闘技場」といいました。
3D地球儀で見る →ひと目でわかる
- 国
- イタリア
- 完成
- 80年
- 高さ
- 48 m
- 種類
- 古代遺跡
すぐわかる答え
コロッセオはどこにありますか?
イタリアにあります。
コロッセオはいつ完成しましたか?
80年に完成しました。
コロッセオの高さはどのくらいですか?
高さは約48 mです。
剣闘士の試合などが行われた古代ローマ最大の円形闘技場です。
古代の世界で建てられた円形闘技場の中でいちばん大きく、今も残っているものの中でも世界一の大きさです。5万人から8万人ほどの観客が入れたと考えられていて、人びとは剣闘士の戦いや動物の狩り、そのほかのショーを見に集まりました。地震や、石を持ち去られたことで一部はこわれてしまいましたが、今も古代ローマを代表するシンボルであり、新・世界七不思議のひとつにも選ばれています。
どうやって建てられたの?
外側の壁には、トラバーチンという白っぽい石灰岩が使われ、ほかにもローマン・コンクリートやれんが、火山灰からできた軽い岩「凝灰岩」が使われました。たくさんの人をスムーズに動かす工夫もすばらしく、1階のまわりには番号のついた入口が80か所もありました。観客は、どの入口・どの階段・どの席を使うかが書かれたチケットを持っていて、まるで今のスタジアムのようでした。晴れた日には、ローマ海軍の水兵たちが「ウェラリウム」という巨大な日よけを木の柱に張って、客席の上をおおいました。
闘技場の下には何がある?
闘技場の床は木でできていて、その上に砂がしかれていました。ラテン語で砂は「ハレナ」といい、これが「アリーナ」ということばのもとになったんです。床の下には、ドミティアヌス帝が「ヒポゲウム」という、トンネルと部屋が迷路のように入り組んだ地下室をつくりました。エレベーターや滑車を使って、舞台セットや小道具、おりに入った動物を床の上まで持ち上げ、観客の前で動物を放ったのです。今は木の床がほとんど残っていないので、見学に来た人は地下のトンネルを上から直接のぞきこむことができます。
見せ物が終わったあと
剣闘士の試合は438年に正式に禁止され、コロッセオはだんだん使われなくなりました。その後の何百年ものあいだ、住まいや作業場、とりで、さらには石を切り出す採石場としても使われました。1349年の大地震で外側の南の壁の一部がくずれ、落ちた石はサン・ピエトロ大聖堂をはじめ、宮殿や教会などの建物に再利用されました。今は考古学公園の一部として管理されていて、客席の階や闘技場、地下を見学することができます。
おもしろ豆知識
- 推定50,000〜80,000人の観客が入ることができました。
- 「コロッセオ」という名前は、すぐとなりに立っていた「コロッスス」と呼ばれるネロ帝の巨大な青銅像から来たと考えられています。
- 1階にある80か所の入口には、今のスタジアムのゲートのように、ひとつひとつ番号がついていました。
- 古代の作家たちによると、できたばかりのころは闘技場に水をはって、海の戦いのまねごとをすることもできたそうです。
- コロッセオは、イタリアの5ユーロセント硬貨にえがかれています。
地球儀では
模型では、ローマの大きな楕円形の闘技場が、アーチを積み重ねた高い外壁にかこまれているようすが見られます。ズームして、かつてショーがおこなわれた闘技場の中をのぞいてみましょう。
クイズタイム
コロッセオとサン・ピエトロ大聖堂、高いのはどっち?
答えを見る
答え:サン・ピエトロ大聖堂(48 m 対 137 m) サン・ピエトロ大聖堂 →
地球儀で近くにあるもの
参考資料
更新: 2026-10-13





