My Earth Toy(マイ・アース・トイ)

フォロ・ロマーノ

Roman Forum

フォロ・ロマーノ
写真: Wolfgang Moroder, CC BY-SA 3.0 · 出典

フォロ・ロマーノは、イタリアのローマの中心、パラティーノの丘とカピトリーノの丘のあいだの谷にある、広い遺跡の広場です。約1,000年のあいだ、古代ローマの心臓部でした。人びとが投票し、演説を聞き、裁判を開き、商売をし、神々をおがみ、勝利のパレードに声援を送った場所です。

3D地球儀で見る →

ひと目でわかる

国
イタリア
完成
7th c. BC – 4th c. AD
種類
古代遺跡

すぐわかる答え

フォロ・ロマーノはどこにありますか?

イタリアにあります。

古代ローマの政治と宗教の中心だった広場の遺跡で、セプティミウス・セウェルスの凱旋門やサトゥルヌス神殿の柱が残ります。

今はこわれた柱やアーチ、石の床が広がる野原のように見えますが、そのひとつひとつが、かつては神殿や裁判所、政府の建物の一部でした。よく知られている遺跡には、サトゥルヌス神殿の高い柱や、西暦203年に建てられた凱旋門「セプティミウス・セウェルスの凱旋門」があります。毎年400万人以上が訪れ、ローマの元老院議員や商人、ふつうの市民がかつて歩いた場所を歩いています。

歴史

ずっと昔、この谷は丘から流れてきた水がたまる、じめじめした沼地でした。初期のローマ人は「クロアカ・マクシマ」という大きな下水道をつくって水をぬき、地面を高くして石をしきました。何百年もかけて、そこを神殿や集会所、記念碑でうめつくしました。紀元前497年ごろに最初に建てられたサトゥルヌス神殿には、国の宝物庫がありました。330年に帝国の首都がコンスタンティノープルへ移ると、フォロ・ロマーノはだんだん大切な場所ではなくなっていきました。

何があるの?

フォロ・ロマーノには、「聖なる道」という意味の大通り「ヴィア・サクラ」が通っています。その道ぞいには、元老院が開かれた「クリア」、うばった軍船の船首でかざられた演説台「ロストラ」、そして家と炉の女神ウェスタの丸い神殿があります。ウェスタ神殿では、特別な女性の神官たちが聖なる火を守っていました。両はしには、セプティミウス・セウェルスの凱旋門とティトゥスの凱旋門という2つの凱旋門が立っています。裁判や商売のためのローマのホール「バシリカ」の巨大な跡も残っています。

うもれて、また見つかる

中世になると、フォロ・ロマーノは土やがれきの下にうもれ、牧草地として使われたことさえあったので、人びとは「牛の野原」と呼びました。建築家たちは新しい建物のためにその石や大理石を持ち去り、1540年代にはその一部がサン・ピエトロ大聖堂に使われました。遺跡をほり出す作業は1800年代の初めに始まり、1898年には国による大規模な発掘が始まりました。考古学者たちは今もこの場所から学び続けています。

おもしろ豆知識

  • ここにあるセプティミウス・セウェルスの凱旋門は、西暦203年に建てられました。
  • 演説台「ロストラ」の名前は、戦利品として取りつけられた敵の軍船のとがった船首「ロストラ(くちばし)」から来ています。
  • 何百年ものあいだ、フォロ・ロマーノは牛が草を食べるほど深くうもれていて、「カンポ・ヴァッチーノ(牛の野原)」とあだ名されていました。
  • フォロ・ロマーノの大理石の一部は、バチカンのサン・ピエトロ大聖堂を建てるのに使われました。
  • 元老院の建物クリアは630年に教会になり、その建物は今も立っています。

地球儀では

模型では、セプティミウス・セウェルスの凱旋門と、サトゥルヌス神殿の立ち並ぶ柱がある、古代ローマの中心部の遺跡が見られます。ズームして、遺跡の中の大きなアーチと、高い柱の列をさがしてみましょう。

地球儀で近くにあるもの

参考資料

更新: 2026-10-13