ポンペイ
Pompeii

ポンペイは、イタリア南部のナポリの近くにあった古代ローマの町です。西暦79年、ヴェスヴィオ山が噴火し、町は4〜6メートルの火山灰と軽石の下にうもれてしまいました。灰がすべてをとじこめたので、ポンペイは、古代ローマのくらしのある一瞬をそのまま止めた写真のようになっています。
3D地球儀で見る →ひと目でわかる
- 国
- イタリア
- 完成
- 79年
- 種類
- 古代遺跡
すぐわかる答え
ポンペイはどこにありますか?
イタリアにあります。
ポンペイはいつ完成しましたか?
79年に完成しました。
西暦79年のヴェスヴィオ火山の噴火で火山灰に埋もれ、街ごとそのまま保存された古代ローマ都市です。
ポンペイは、およそ11,000〜11,500人がくらす豊かな町で、広さは64〜67ヘクタールあり、お店やパン屋、公共の建物、絵がえがかれたかべのある家がありました。発掘は今も続いていて新しい発見があり、毎年約250万人がおとずれます。ユネスコは、古代ローマの都市の全体のようすがわかる世界でただひとつの遺跡だといっています。
町を守った灰
噴火でたくさんの人が亡くなりましたが、灰は建物やかべの絵、ふだん使っていた品物を守りもしました。木の道具や人の体は灰の中でくさって、中が空どうになりました。1863年、考古学者ジュゼッペ・フィオレッリはそれが何かに気づき、空どうに石こうを流しこむ方法を考え出して、最期の瞬間の人びとの型をとりました。今は石こうのかわりに、すき通った樹脂が使われています。かべに書かれたらくがきからは、ふつうの人たちが本当はどんなラテン語を話していたかもわかります。
にぎやかなローマの町
ポンペイは、紀元前8世紀にオスキ人が作った村から始まり、その後ギリシャ人、エトルリア人、サムニウム人に治められ、紀元前80年代にローマのものになりました。お金持ちのローマ人がよく別荘を建てたナポリ湾に面していました。紀元前70年に建てられた円形闘技場、劇場、公衆浴場、少なくとも31のパン屋、そして温かい食べ物や飲み物を売る軽食屋「テルモポリウム」が100近くありました。西暦62年の大地震で、町はすでにいたんでいました。
町をほり出す
町は16世紀の終わりにふたたび見つかるまで、かくれたままでした。本格的な発掘は18世紀の半ばに始まりましたが、はじめのころのやり方は雑で、よくものをこわしてしまいました。1960年までにはポンペイのほとんどがほり出され、それからは新しい発掘は計画をたてて少しずつだけ行われています。2020年12月、考古学者たちは、食べ物の絵がえがかれ、つぼにアヒルやヤギ、魚、カタツムリなどの食事の残りが入ったままの軽食屋を見つけました。2021年には、町の北の別荘で、儀式用の青銅の馬車が見つかりました。
おもしろ豆知識
- 発掘が始まったのは1748年で、ヴェスヴィオ山が町をうめてから1,700年近くたっていました。
- 近くのエルコラーノ(ヘルクラネウム)とスタビアエも、同じ噴火でうもれました。
- かべのらくがきには、ふつうの人たちが本当に話していたふだんのラテン語が残っています。
- ポンペイには、少なくとも31のパン屋がありました。
地球儀では
このモデルは、うしろにヴェスヴィオ山が見える、古代ローマの町の遺跡を表しています。通りや柱をさがしてみましょう。
クイズタイム
ポンペイとカゼルタ宮殿、古いのはどっち?
答えを見る
答え:ポンペイ(79年 対 1845年) カゼルタ宮殿 →
地球儀で近くにあるもの
参考資料
更新: 2026-10-14





