インド門
India Gate

インド門は、インドのニューデリーにある戦争記念のアーチで、町の儀式のための大通り、今の「カルタヴィヤ・パト」の東のはしにあります。エドウィン・ラッチェンス卿が設計しました。1921年2月10日に礎石がおかれ、1931年2月12日に除幕されました。
3D地球儀で見る →ひと目でわかる
- 国
- インド
- 完成
- 1931年
- 高さ
- 42 m
- 種類
- 記念碑
すぐわかる答え
インド門はどこにありますか?
インドにあります。
インド門はいつ完成しましたか?
1931年に完成しました。
インド門の高さはどのくらいですか?
高さは約42 mです。
第一次世界大戦で戦死したインド兵を追悼する砂岩の凱旋門です。
アーチは高さ42mで、赤い石でできていて、バラトプル産の石の低い台の上に立っています。第一次世界大戦と第三次アフガン戦争で亡くなった、イギリス領インド軍の兵士74,187人をたたえています。壁には何千もの名前がきざまれています。毎晩7時から9時半までライトアップされ、デリーでいちばん人気のある名所のひとつです。
壁にきざまれた名前
アーチには13,313人の名前がきざまれていて、そのうち12,357人がインドの人です。イギリス人の名前の数については、資料によって数字がちがうものもあります。
デザインはパリの凱旋門からヒントを得たとされています。
炎、天蓋、そして像
アーチの下では、1971年の戦争で亡くなった兵士をたたえるため、1972年に「アマル・ジャワン・ジョーティ(不滅の兵士の炎)」がともされました。2022年1月、この炎は近くの国立戦争記念碑の炎とひとつにされました。
東に約150mのところには、かつてイギリス国王ジョージ5世の像があった空っぽの天蓋が立っています。像は1936年におかれ、1968年に取りのぞかれました。2022年9月には、そこにスバス・チャンドラ・ボースの像が除幕されました。
建築家とデザイン
インド門を設計したエドウィン・ラッチェンス卿は、ニューデリーのおもな建築家で、帝国戦争墓地委員会のメンバーでもありました。彼はロンドンの「セノタフ」をふくむ、ヨーロッパの66の戦争記念碑を設計しました。インド門は、パリの凱旋門を独創的につくりかえたものだといわれています。大きいほうの開口部のはばは約9mで、赤いバラトプル産の石の低い台の上に立っています。建物は長方形で、4つの面それぞれにアーチがあるので、専門的には「テトラピュロン(四面門)」です。てっぺんには帝国の太陽がほられ、両側には「INDIA」の文字が、ローマ数字の1914と1919の年のあいだにきざまれています。毎年、共和国記念日のパレードがそのまわりを通ります。
おもしろ豆知識
- 13,000人以上の兵士の名前がきざまれています。
- アーチの高さは42mです。
- 1972年から2022年まで、その下では消えない炎がもえていました。
- 後ろの天蓋には、昔ジョージ5世の像がありました。
- 2017年、インド門は、イギリスのレスターにある、同じラッチェンスが設計したもっと小さな戦争記念碑「追悼のアーチ」と姉妹提携をしました。
地球儀では
模型では、高い石のアーチが見られます。後ろにある天蓋をさがしてみましょう。
クイズタイム
インド門とラーシュトラパティ・バワン(インド大統領官邸)、高いのはどっち?
答えを見る
答え:ラーシュトラパティ・バワン(インド大統領官邸)(42 m 対 55 m) ラーシュトラパティ・バワン(インド大統領官邸) →
地球儀で近くにあるもの
参考資料
更新: 2026-10-14





