自由の鐘
Liberty Bell

自由の鐘は、アメリカ独立をあらわす有名なシンボルで、ペンシルベニア州フィラデルフィアにあります。ペンシルベニア植民地議会議事堂(今の独立記念館)の塔につるされていたので、最初は「州議会議事堂の鐘」と呼ばれていました。今は、独立記念館から通りをはさんだ向かいにある、独立記念国立歴史公園の「自由の鐘センター」に置かれています。表面を横切る大きなひびで有名です。
3D地球儀で見る →ひと目でわかる
- 国
- アメリカ合衆国
- 完成
- 1752年
- 種類
- 記念碑
すぐわかる答え
自由の鐘はどこにありますか?
アメリカ合衆国にあります。
自由の鐘はいつ完成しましたか?
1752年に完成しました。
大きなひび割れで知られる、アメリカ独立と自由の象徴の鐘です。
ペンシルベニア植民地議会は1752年に、ロンドンのレスター・アンド・パック社(のちのホワイトチャペル鐘鋳造所)にこの鐘を注文しました。鐘には「全土とそのすべての住民に自由を宣言せよ」ということばがきざまれました。初めのころは、議員たちを会議に呼んだり、市民に集会やお知らせを伝えたりするのに使われました。
ひびが入って、つくり直された鐘
町の最初の鐘は、町をつくったウィリアム・ペンが持ってきたもので、木につるされていました。1751年、鐘楼の建設中に、町のリーダーたちは、もっと遠くまで聞こえる約2,000ポンドのよりよい鐘を注文しました。新しい鐘はフィラデルフィアに着いて初めて鳴らしたときにひびが入り、地元の職人ジョン・パスとジョン・ストウが2回つくり直しました。2人の名字が鐘にきざまれています。
どうやってシンボルになったの?
はじめは、だれも「自由の鐘」とは呼んでいませんでした。1830年代、奴隷制に反対する「奴隷制廃止論者」のグループがこの鐘をシンボルとして使い、その名前をつけたのです。1776年7月8日に独立宣言が初めて読み上げられたとき、フィラデルフィアで鳴らされた鐘の中にこの鐘もあった可能性は高いのですが、それを書いた記録は残っておらず、アメリカ独立革命と結びつけられるようになったのは1847年からです。大きなひびは、19世紀の前半のいつかにできました。よく知られた話では、1835年に最高裁判所長官ジョン・マーシャルが亡くなったあとにひびが入ったといわれています。
旅をして、落ち着く
19世紀の終わりから20世紀の初めにかけて、鐘は大きな博覧会に送られ、記念品をほしがる人たちにけずられてさらにいたみました。第二次世界大戦のあと、フィラデルフィアは所有したまま、国立公園局に管理をまかせました。冷戦のあいだは自由のシンボルとなり、1960年代には抗議活動の場所にもなりました。1976年に独立記念館から近くのガラスのパビリオンへ、2003年にはもっと広い「自由の鐘センター」へ移りました。その姿は、硬貨や切手にもえがかれています。
おもしろ豆知識
- フィラデルフィアに届いてから初めて鳴らしたときに、ひびが入りました。
- フィラデルフィアで初めて鳴らしたときに、ひびが入りました。
- 鐘をつくり直した2人の職人、パスとストウの名前が鐘にきざまれています。
- 人びとが「自由の鐘」と呼び始めたのは、1776年から何十年もたった1830年代です。
- 2003年に、今の建物へ移りました。
地球儀では
模型では、ガラスのパビリオンの中にある、ひびの入った大きな鐘が見られます。
クイズタイム
自由の鐘とテオティワカン、古いのはどっち?
答えを見る
答え:テオティワカン(1752年 対 200年) テオティワカン →
地球儀で近くにあるもの
参考資料
更新: 2026-10-14





