マルボルク城
Malbork Castle

マルボルク城は、ポーランド北部のノガト川ぞいにある、ドイツの十字軍の騎士団「ドイツ騎士団」が建てたお城です。騎士団の守護聖人マリアにちなんで「マリエンブルク」と呼ばれ、おもに1274年から1406年にかけて建てられたれんがのゴシック様式のとりでです。広さは約21ヘクタールで、敷地の面積では世界最大のお城といわれ、1406年に完成したときは世界最大のれんがのお城でもありました。
3D地球儀で見る →ひと目でわかる
- 国
- ポーランド
- 完成
- 1406年
- 種類
- 城
すぐわかる答え
マルボルク城はどこにありますか?
ポーランドにあります。
マルボルク城はいつ完成しましたか?
1406年に完成しました。
ドイツ騎士団が築いた世界最大の煉瓦の城で、赤煉瓦と急勾配の屋根が特徴です。
マルボルクは1309年にドイツ騎士団の本部になりました。お城には、かつて約3,000人の「騎士修道士」がくらしていました。ユネスコは1997年に世界遺産リストに加え、ポーランドも国の公式な歴史記念物にしています。
3つでひとつのお城
お城は、高城、中城、下城の3つからなり、空堀と塔で区切られ、守りの城壁が何重にもめぐらされています。外側の城壁は約21ヘクタールをかこんでいて、これはウィンザー城がかこむ面積のおよそ4倍です。お城は川のそばにあったので、ヴィスワ川やバルト海から、はしけや船がたどり着くことができました。騎士たちは川の通行料を集め、こはくの取引を独占していました。
ドイツ騎士団からポーランド王へ
騎士団は、この地域を征服したあと、そこを支配するためにお城を建てました。1410年のグルンヴァルトの戦いで騎士団が負けたあとも、お城は包囲にたえぬきました。1457年、十三年戦争のさなか、給料をもらえなかったボヘミアの傭兵たちが、お城をポーランド王カジミェシュ4世に売りわたしました。その後1772年まで、お城はポーランド王の住まいとして使われ、ポーランドの造幣所や、共和国でいちばん大きな武器庫もありました。スウェーデン軍は1620年代と1650年代の2回、お城を占領しました。
こわされ、建て直された巨人
1772年の第一次ポーランド分割のあと、お城はプロイセンの支配下になり、兵舎や救貧院として使われて、あれていきました。1794年、プロイセンの建築家が、残すか取りこわすかを決めるためにお城を調べました。1945年の初め、赤軍との戦いで半分以上がこわされました。戦後、お城はポーランドの一部になり、1962年から建て直しが続いています。
おもしろ豆知識
- ドイツ騎士団の本拠地でした。
- 外側の城壁は、ウィンザー城のおよそ4倍の面積をかこんでいます。
- ドイツ騎士団は、こはくの取引を独占していました。
- 1584年から、お城の中でポーランド王の造幣所が動いていました。
- 1945年に半分以上がこわされ、1962年に建て直しが始まりました。
地球儀では
模型では、塔のある赤れんがのとりでが見られます。まん中の高城をさがしてみましょう。
クイズタイム
マルボルク城とベルリンテレビ塔、古いのはどっち?
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答え:マルボルク城(1406年 対 1969年) ベルリンテレビ塔 →
地球儀で近くにあるもの
参考資料
更新: 2026-10-14





