メアリー・セレスト号(幽霊船)
Mary Celeste (found adrift)

1872年12月4日、アゾレス諸島とポルトガルの間の大西洋で無人のまま漂流しているのが見つかったアメリカの商船(2本マストのブリガンティン)。船体は無事で、1,701樽のアルコールの積荷や食料も残っていたのに、船長夫妻と2歳の娘、乗組員7人は救命ボートとともに消え、二度と見つからなかった。シャーロック・ホームズの作者コナン・ドイルが小説にしたことで、世界一有名な幽霊船となった。
3D地球儀で見る →ひと目でわかる
- 国
- ポルトガル
- 種類
- ミステリー
すぐわかる答え
メアリー・セレスト号(幽霊船)はどこにありますか?
ポルトガルにあります。
メアリー・セレスト号は、カナダでつくられアメリカに登録された、ブリガンティン型の商船の帆船です。1872年12月4日、別の船「デイ・グラティア号」が、アゾレス諸島の近くの大西洋でただよっているこの船を見つけました。船はちらかっていましたが、まだ航海できる状態で、だれも乗っていませんでした。救命ボートがなくなっていて、航海日誌の最後の記録は10日前のものでした。
船は11月7日にニューヨークを出発し、イタリアのジェノバへ向かっていて、積み荷のアルコールはまだ無事でした。乗組員の持ち物は手つかずでした。船長も、その家族も、乗組員も、二度とすがたを見せなかったので、この船の名前は、とつぜんのなぞの消失をあらわすことばになりました。このページでは、記録されていることと、人々が想像したことを分けて説明します。
見つけた人たちが見たもの
デイ・グラティア号の乗組員が乗りこむと、船はあれていましたが、航海できる状態でした。食べ物や飲み物はまだたっぷりあり、積み荷のアルコールは無事で、持ち物もそのままのこっていました。なくなっていたのは、救命ボートといくつかの書類だけでした。ジブラルタルの裁判で、反乱、海賊、保険金のさぎが調べられましたが、どれについても、なっとくできる証拠は見つかりませんでした。
想像と作り話
長い年月のあいだに、人々は、アルコールのガス、海底地震、竜巻のような水柱、巨大なイカ、そして幽霊まで考え出してきました。どれも証明されておらず、物語にはよく作り話がまざってきました。1884年、アーサー・コナン・ドイルがこのなぞをもとに短編小説を書き、船はさらに有名になりました。船は1885年まで使われ、その年、船長が保険金のさぎのためにハイチの沖でわざと難破させました。
おもしろ豆知識
- 1872年、食料や水がたっぷり積まれたまま、だれも乗らずに海を進んでいるところを発見されました。アーサー・コナン・ドイルがこの船の物語を書いたことで有名になりました。
- 船は1861年に「アマゾン号」という名前で最初に進水しました。
- 若いアーサー・コナン・ドイルが1884年にこの船の物語を書き、「マリー・セレスト」という名前を広めるきっかけになりました。
- 見つかったとき、積み荷のアルコールは手つかずでした。
地球儀では
デイ・グラティア号が船を見つけた、アゾレス諸島の近くの大西洋の沖でさがしてみましょう。
クイズタイム
メアリー・セレスト号(幽霊船)とアトランティス伝説、古いのはどっち?
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答え:アトランティス伝説(1872年 対 紀元前360年) アトランティス伝説 →
地球儀で近くにあるもの
参考資料
更新: 2026-10-14





