バンス島
Bunce Island

バンス島は、西アフリカのシエラレオネ川にある小さな島で、首都フリータウンから川を約32キロメートルさかのぼったところにあります。長さ約500メートル、はば107メートルしかありませんが、1670年ごろに王立アフリカ会社が建てた城の遺跡があります。アフリカでいちばん大きな天然の港を、大きな外洋船がそれ以上さかのぼれないところにあったので、ヨーロッパの商人たちにとって便利な基地でした。
3D地球儀で見る →ひと目でわかる
- 国
- シエラレオネ
- 完成
- 1670年
- 種類
- 要塞
すぐわかる答え
バンス島はどこにありますか?
シエラレオネにあります。
バンス島はいつ完成しましたか?
1670年に完成しました。
シエラレオネ川河口の小島で、18世紀のイギリスの奴隷貿易要塞の廃墟が大西洋奴隷貿易の歴史を伝えています。
100年以上ものあいだ、この城は大西洋の奴隷貿易のおもな拠点でした。何万人ものアフリカの人びとが、ここから北アメリカやカリブ海へ船で送られました。今のアフリカ系アメリカ人の多く、とくにカロライナやジョージアの海岸のガラ族の人びとには、ここを通った祖先がいます。今、島は記憶をとどめる場所で、守られた史跡になっています。
城を動かしていたのはだれ?
イギリスの商人たちが、1670年ごろに島をとりでにしました。はじめのころは、王立アフリカ会社と、そこから分かれた「ガンビア冒険商人会社」という2つのロンドンの会社が運営しました。1728年、ポルトガル系アフリカ人の力のある商人ジョゼ・ロペス・ダ・モウラがおそって、城をこわしました。1740年代なかばまで島はからっぽになり、そのあと1748年にグラント・オズワルド社が引きつぎ、大きなもうけを上げるようにしました。フランス軍が4回、海賊が2回おそいましたが、商人たちはそのたびに建て直しました。
アメリカとのつながり
とらわれた人の多くは、米作りがじょうずな農民を大切にしたサウスカロライナやジョージアの米農園の主に売られました。ロンドン、リバプール、ブリストル、ニューイングランドの港から来た船も、水や物資を手に入れるためにバンス島に立ちよりました。島の持ち主リチャード・オズワルドは、のちにアメリカ独立戦争を終わらせたパリ条約の話し合いを手伝いました。
遺跡と記憶
イギリスは1807年に奴隷貿易を禁止し、イギリス海軍はフリータウンにパトロール艦隊の基地を置きました。バンス島は奴隷貿易の拠点としては閉じられ、1840年ごろにすてられました。本部の建物、見はり塔、大砲の台、火薬庫のあと、それに古いお墓が今も残っています。1948年にシエラレオネで最初の保護された史跡になり、2007年から2008年にかけて、ジェームズ・マディソン大学のチームが、1805年当時の城の姿を3Dで再現しました。
おもしろ豆知識
- 廃墟となった砦は、1700年代にイギリスの主要な奴隷貿易の拠点でした。
- 島は長さ約500メートル、はば107メートルしかありません。
- 島に今も横たわっている大砲の中には、ジョージ3世の王のしるしがあるものもあります。
- 1948年、シエラレオネで最初に正式に保護された史跡になりました。
- ジェームズ・マディソン大学の研究者たちが、1805年当時の城の姿を3Dで再現しました。
地球儀では
このモデルは、くずれたとりでのある小さな島を表しています。古い城でたったひとつ残ったかべを見てみましょう。
クイズタイム
バンス島とコナクリ大モスク、古いのはどっち?
答えを見る
答え:バンス島(1670年 対 1982年) コナクリ大モスク →
地球儀で近くにあるもの
参考資料
更新: 2026-10-14





