フォート・マクヘンリー
Fort McHenry

フォート・マクヘンリーは、メリーランド州ボルティモアのローカスト・ポイントにある、5つのとがった角を持つ歴史的な海岸のとりでです。いちばん有名なのは米英戦争(1812年戦争)のときで、1814年9月13〜14日、ボルティモア港へのイギリス海軍のこうげきをもちこたえました。次の朝もとりでの上にアメリカの国旗がはためいているのを見て、フランシス・スコット・キーは詩を書き、それがのちにアメリカの国歌『星条旗』になりました。
3D地球儀で見る →ひと目でわかる
- 国
- アメリカ合衆国
- 完成
- 1800年
- 種類
- 要塞
すぐわかる答え
フォート・マクヘンリーはどこにありますか?
アメリカ合衆国にあります。
フォート・マクヘンリーはいつ完成しましたか?
1800年に完成しました。
1814年の砲撃後もはためく星条旗が米国国歌「星条旗」を生んだ、星形の要塞です。
とりでは1798年から1800年にかけて作られ、第一次世界大戦までアメリカ軍が使い、第二次世界大戦では沿岸警備隊が使いました。1925年に国立公園になり、1939年にアメリカの国定記念物になりました。名前は、スコットランド系アイルランド人の移民で、外科医の兵士、アメリカ合衆国憲法の署名者、1796年から1800年まで陸軍長官だったジェームズ・マクヘンリーにちなんでいます。
星の形のとりで
フランスの設計者ジャン・フォンサンが、大きくなりつつあったボルティモア港を守るため、1798年にとりでを計画しました。とりでは、1776年から1797年まで町を守っていた古い「フォート・ウェットストーン」の場所に立っています。新しいとりでは「稜堡式(りょうほしき)の五角形」で、それぞれの角にとがった稜堡がある5辺の形をしていて、水のないほりにかこまれています。敵が陸からせめてきたら、それぞれの角からほかの角の前へ大砲や銃をうって、十字砲火をあびせることができました。
ボルティモアの戦い
1814年9月13日の朝6時から、アレクサンダー・コクラン中将がひきいるイギリスの軍艦が、25時間とりでを砲撃しました。イギリスの大砲は約2マイル、ロケットは約1.75マイル先までとどきましたが、どちらも正確ではなく、22せきのしずめた船の列が港をふさいでいました。ジョージ・アーミステッド少佐のもとで、守る側は4人が亡くなり24人がけがをし、火薬庫につきささった爆弾が1発ありましたが、爆発しませんでした。弾がなくなったイギリス軍は、9月14日の朝にあきらめました。
旗と国歌
こうげきのあいだ、とりでの上には17×25フィートの小さめの「あらし用の旗」がはためいていました。9月14日の夜明け、それは、メアリー・ピカーズギルがぬった30×42フィートの巨大な守備隊の旗にかえられました。ワシントンの弁護士フランシス・スコット・キーは、捕虜のウィリアム・ビーンズ医師を返してもらう話し合いのために出かけていた、近くの休戦船から見ていました。旗がまだはためいているのを見て、とりでがもちこたえたことを知り、彼は『マクヘンリー砦の防衛』という詩を書きました。
おもしろ豆知識
- 1814年の旗は30×42フィートで、多くの部屋より大きいものでした。
- とりでは、陸軍長官ジェームズ・マクヘンリーにちなんで名づけられました。
- 五角形の形にとがった稜堡があるので、「星形のとりで」とよばれます。
- イギリス軍は、とりでを25時間砲撃しました。
地球儀では
このモデルは、真ん中に旗がはためく星の形のとりでを表しています。とがった角をさがしてみましょう。
クイズタイム
フォート・マクヘンリーとテオティワカン、古いのはどっち?
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答え:テオティワカン(1800年 対 200年) テオティワカン →
地球儀で近くにあるもの
参考資料
更新: 2026-10-14





