聖ソフィア大聖堂 (キーウ)
Saint Sophia Cathedral, Kyiv

聖ソフィア大聖堂は、ウクライナの首都キーウにある歴史的な教会です。キエフ大公国(キーウ・ルーシ)時代の傑作で、ヤロスラフ賢公の時代、11世紀に建てられ、町でもっとも有名な名所のひとつです。キーウ・ペチェールシク大修道院とともに、ウクライナで初めてユネスコの世界遺産リストに加えられた文化遺産です。
3D地球儀で見る →ひと目でわかる
- 国
- ウクライナ
- 完成
- 11th c.; Baroque rebuild 1690–1707
- 高さ
- 76 m
- 種類
- 宗教建築
すぐわかる答え
聖ソフィア大聖堂 (キーウ)はどこにありますか?
ウクライナにあります。
聖ソフィア大聖堂 (キーウ)の高さはどのくらいですか?
高さは約76 mです。
11世紀キエフ・ルーシ時代の大聖堂で、13のドームとウクライナ・バロックの外観、鐘楼があります。
外側には13のドームがあり、のちの何百年かで加えられたウクライナ・バロック様式の見た目をしています。中の壁は、色とりどりのモザイクやフレスコ画でかざられています。今、大聖堂は博物館になっていて、となりには高い鐘楼が立っています。
いつ建てられたの?
もっとも信頼できる資料『原初年代記』には、ヤロスラフが1037年に聖ソフィア教会をつくったと書かれていますが、その年は完成の年をしめしていると考える学者もいます。1036年に彼の軍が遊牧民のペチェネグ族を破った場所に建てられたのかもしれません。名前は、コンスタンティノープルの偉大なアヤソフィア(ハギア・ソフィア)をまねています。
証拠が少なく、くいちがうこともあるので、正確な着工と完成の年は今も議論されています。
どうして外はバロック風なの?
中は、5つの側廊と5つの後陣があるビザンツ様式のまま残りました。大聖堂は1169年に略奪され、1240年のモンゴルの侵入であれはててしまいました。
のちに、イタリアの建築家オッタヴィアーノ・マンチーニが中の古いかざりを残したまま外側をウクライナ・バロック様式に変え、コサックの指導者イヴァン・マゼーパがその工事を続けました。1920年代、ソ連政府は取りこわす計画を立てましたが、考えを変えました。
おもしろ豆知識
- 11世紀のモザイクとフレスコ画が、現存するものとしては最も多く残っています。
- 大聖堂には13のドームがあります。
- 名前は、コンスタンティノープルのアヤソフィアから借りたものです。
- ソ連はかつて公園にするために取りこわそうとしましたが、そうはしませんでした。
地球儀では
模型では、キーウの13のドームの集まりと、はなれて立つ鐘楼が見られます。
クイズタイム
聖ソフィア大聖堂 (キーウ)と祖国の母像(キーウ)、高いのはどっち?
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答え:祖国の母像(キーウ)(76 m 対 102 m) 祖国の母像(キーウ) →
地球儀で近くにあるもの
参考資料
更新: 2026-10-14





