サンコーレ・モスク
Sankore Mosque

サンコーレ・マドラサは、サンコーレ・モスクともよばれ、西アフリカのマリのトンブクトゥの街にある3つの古いモスクのひとつです。ほかの2つはジンガリーベルとシディ・ヤフヤです。14世紀か15世紀のはじめに、アグラル族のトゥアレグの女性のお金でつくられ、人々がおいのりをする場所であり、学者たちが教える場所でもありました。
3D地球儀で見る →ひと目でわかる
- 国
- マリ
- 完成
- c. 1300s
- 種類
- 宗教建築
すぐわかる答え
サンコーレ・モスクはどこにありますか?
マリにあります。
トンブクトゥの泥レンガのモスクで中世の学問の中心地。木の杭が突き出たピラミッド形のミナレットが特徴です。
建物は日干しれんがでできていて、先にいくほど細くなるミナレット(塔)には、かべからつき出た木の梁が点々とあります。そのスーダン・サヘル様式は、北アフリカやアンダルシアのモスクとはちがって見えます。長い年月のあいだ、マリ帝国や、そのあとのソンガイ帝国の支配者たちが、このモスクを支えたり修理したりしました。1591年のトンディビの戦いのあと、街はおとろえました。
学びの中心
人々はときどき、ここを「サンコーレ大学」とよびます。でも、ひとつの大きな中心の学校だったという証拠はありません。そのかわり、「シャイフ」や「ウラマー」とよばれる学者たちが、それぞれ自分の生徒を、ときには10年もかけて教える場所で、講義や授業がひらかれることもありました。生徒の名簿や決まった授業の課程はありませんでした。授業はモスクか先生の家でおこなわれました。こうして、トンブクトゥが学問と本で有名になるのを助けたのです。
本の黄金時代
トンブクトゥは14世紀に交易の中心として大きくなりました。エジプト、リビア、アルジェリア、モロッコなど遠くから学者たちがやってきてすみつき、イスラム世界のあちこちから本を集めました。黄金時代は、16世紀、ソンガイ帝国のアスキア・ムハンマドのもとでやってきました。1526年、旅行家レオ・アフリカヌスは、ここに運ばれてきた本は、ほかのどんな品物よりも高く売れたと書きました。サンコーレの学者の中には、1,600冊をこえる写本の個人の図書館をもつ人もいました。1591年、モロッコがせめてきてソンガイ帝国は終わり、1594年にはアフマド・バーバをはじめとする多くの学者がとらえられて、本といっしょにモロッコへ送られました。
日干しれんが、建てなおし、そして今
かべは日干しれんがとしっくいでできています。塔からつき出た木の梁は、サヘル様式の建物によく見られる特ちょうで、毎年の修理のための、つくりつけの足場にもなっています。1578年から1582年にかけて、主席裁判官アル・アーキブが、メッカのカーバ神殿と同じ大きさで聖所を建てなおしました。今では、洪水、修理不足、新しい建物がマドラサをおびやかしていて、委員会が守るために活動しています。
おもしろ豆知識
- 中世の学問の中心地で、「サンコーレ大学」として知られていました。
- トンブクトゥにある3つの中世のモスクのひとつです。
- ミナレットは、どろのかべからつき出た木の梁でおおわれています。
- サンコーレの学者たちは、中心の学校をもたず、モスクや自分の家で教えました。
- 1,600冊をこえる写本をもつ学者もいました。
地球儀では
模型では、高く先の細くなるミナレットと木の梁をもつ、日干しれんがのモスクが見られます。かべからつき出た梁をさがしてみましょう。
地球儀で近くにあるもの
参考資料
更新: 2026-10-14





