パナマ運河
Panama Canal

パナマ運河は、パナマのいちばんせまいところを横切る長さ82kmの水路で、(カリブ海を通じて)大西洋と太平洋をつないでいます。1914年8月15日に開通し、世界の船にとってもっとも大切な近道のひとつになりました。
3D地球儀で見る →ひと目でわかる
- 国
- パナマ
- 完成
- 1914年
- 種類
- インフラ
すぐわかる答え
パナマ運河はどこにありますか?
パナマにあります。
パナマ運河はいつ完成しましたか?
1914年に完成しました。
大西洋と太平洋を結ぶ運河で、閘門で船を持ち上げて地峡を越えさせます。
船は海面と同じ高さのまま通りぬけるわけではありません。両はしにある「閘門(こうもん)」が、船を海面から26mの高さにある人工の湖ガトゥン湖まで持ち上げ、反対側でまた下ろします。運河がなければ、船は南アメリカの南のはしを回る、長くて危険な旅をしなければなりません。アメリカ土木学会は、パナマ運河を「近代世界の七不思議」のひとつに選んでいます。
閘門のしくみ
閘門は、水をためた巨大な部屋です。船が入ると門がしまり、水が入ったり出たりすることで、船が上がったり下がったりします。もとの閘門ははば33.5mで、「パナマックス」と呼ばれる大きさの船が通れます。2007年から2016年にかけてつくられた3つ目の、もっと広い閘門のおかげで、今ではさらに大きな「ネオパナマックス」の船も通れるようになりました。1回の通過で約2億リットルの真水が使われます。
運河ができる前
運河のアイデアは古くからありました。スペインの探検家バスコ・ヌーニェス・デ・バルボアは、1513年に地峡を横断したあと運河のことを書き、1534年には神聖ローマ皇帝カール5世がルートの調査を命じました。1848年にカリフォルニアで金が見つかると、旅行者はパナマを早く横切る道をほしがり、1850年から1855年にかけて、海岸から海岸まで鉄道が建設されました。この鉄道は見積もりの6倍のお金がかかり、6,000人から1万2,000人の働き手が、多くは熱帯の病気で命を落としました。
むずかしい大工事
フランスは1881年にほり始めましたが、工事のむずかしさやお金の不足、多くの働き手が亡くなったことで、1889年に中止しました。1904年にアメリカが引きつぎ、1914年に運河を完成させました。アメリカは1977年の条約で返還が決まるまで運河地帯を管理し、1999年にパナマが完全に運河を手に入れました。今はパナマ運河庁が運営しています。1914年には年に約1,000隻が通りましたが、2008年には14,702隻が通りました。雨の少ない時期には湖の水位が下がり、通るのがむずかしくなることがあります。
おもしろ豆知識
- ガトゥン湖は、チャグレス川をダムでせき止めてつくられました。
- ニューヨークからサンフランシスコへ向かう船は、南アメリカを回らずに運河を使うと約13,000kmも短くなります。
- 1隻が通るたびに、およそ2億リットルの真水が使われます。
- 2017年、船が運河の両はしの閘門のあいだを通るのには、平均で約11時間かかりました。
地球儀では
模型では、2つの大洋のあいだを通る運河と閘門、そして船が見られます。閘門の門と船をさがしてみましょう。
クイズタイム
パナマ運河とパナマ・ビエホ、古いのはどっち?
答えを見る
答え:パナマ・ビエホ(1914年 対 1519年) パナマ・ビエホ →
地球儀で近くにあるもの
参考資料
更新: 2026-10-14





