フォート・ジーザス
Fort Jesus

フォート・ジーザスは、ケニアのモンバサ島にあるとりでです。イタリアの建築家ジョヴァンニ・バッティスタ・カイラーティが設計し、スペイン王フェリペ2世(ポルトガル王フィリペ1世でもありました)の命令で、1593年から1596年にかけて建てられました。モンバサの旧港を守るのが役目でした。大砲の砲撃にたえるように設計された、ヨーロッパの外で最初のヨーロッパ式のとりでで、スワヒリ海岸でポルトガル人が残したただひとつのとりでです。
3D地球儀で見る →ひと目でわかる
- 国
- ケニア
- 完成
- 1596年
- 種類
- 要塞
すぐわかる答え
フォート・ジーザスはどこにありますか?
ケニアにあります。
フォート・ジーザスはいつ完成しましたか?
1596年に完成しました。
モンバサ港の入口を守るポルトガルの珊瑚石の要塞で、人の形をした平面を持ちます。
とりではだいたい四角形で、四すみに稜堡(りょうほ)があり、空から見ると、頭を海に向けてあおむけにねている人のように見えるといわれています。ルネサンス後期の軍事設計の傑作とされています。2011年にユネスコの世界遺産になり、モンバサでもっとも多くの人がおとずれる観光地です。
持ち主が何度も変わったとりで
1631年から1875年までのあいだに、とりでは、この海岸をめぐって戦った勢力のあいだで9回もうばわれたり、うばい返されたりしました。ポルトガル人は1631年にモンバサのスルタン、ユースフ・イブン・アル・ハサンにとりでを取られ、1632年に取り返しました。1696年から1698年にかけては、サイフ・ビン・スルタンがひきいるオマーンのアラブ人がほぼ3年間とりでを包囲し、とりでがおちると、この海岸でのポルトガルの勢力は終わりました。1837年にオマーンがふたたびとりでを取り、1895年にはイギリスがせんりょうして牢屋として使いました。
ポルトガル、オマーン、イギリス
かべの高さは約18メートルです。ポルトガル人が高さ15メートルに作り、オマーンのアラブ人が3メートル高くしました。ポルトガルの大砲はイギリスのものより長かったのですが、とどくきょりはポルトガルの約200メートルにくらべ、イギリスは300メートルでした。オマーンの人たちは、木の扉の柱や天井のはりにコーランの言葉をきざみました。地元のスワヒリの人たちが、石を積む技術や材料、労働力をあたえました。
牢屋から博物館へ
1958年、とりでは国立博物館になりました。そのあと、ジェームズ・カークマンが1958年から1971年にかけて発掘しました。見学する人は、かつて海岸を治めたスルタンの住まいだった「オマーン・ハウス」、ポルトガル人が作った雨水をためる屋根のない水そう、アラブ人がほった深さ76フィートの井戸を見ることができます。ただ、その水は塩からすぎて、あらいもの以外には使えませんでした。
おもしろ豆知識
- とりでは、1631年から1875年までに9回うばわれたり、うばい返されたりしました。
- 上から見ると、その形はあおむけにねている人のように見えるといわれています。
- かべの高さは18メートルで、そのうち3メートルはオマーンのアラブ人が加えたものです。
- そこでほられた深さ76フィートの井戸の水は、塩からすぎて飲めませんでした。
地球儀では
このモデルは、モンバサの港のそばにある、四すみに稜堡のある四角いサンゴ石のとりでを表しています。厚いかべと、かこい全体の形を見てみましょう。
クイズタイム
フォート・ジーザスとセレンゲティ国立公園、古いのはどっち?
答えを見る
答え:フォート・ジーザス(1596年 対 1951年) セレンゲティ国立公園 →
地球儀で近くにあるもの
参考資料
更新: 2026-10-14





