フエ王宮(午門)
Imperial City of Huế (Meridian Gate)

フエ王宮は「ダイノイ(大内)」ともよばれ、グエン朝の時代にベトナムの都だったフエの城の中にある、王家のかべにかこまれた区域です。皇帝一家の宮殿、祠、庭、役人の事務所があります。1804年に嘉隆帝(ザーロン帝)のもとで建て始められ、1833年に今の大きさに広げられ、1993年に「フエの建造物群」の一部としてユネスコの世界遺産になりました。
3D地球儀で見る →ひと目でわかる
- 国
- ベトナム
- 完成
- 1833年
- 種類
- 宮殿
すぐわかる答え
フエ王宮(午門)はどこにありますか?
ベトナムにあります。
フエ王宮(午門)はいつ完成しましたか?
1833年に完成しました。
阮朝の皇城で、正門の午門の上に黄色い屋根の五鳳楼が建ちます。
1802年にベトナムを統一した嘉隆帝は、北京の紫禁城をお手本に宮殿を作りましたが、フエの城は真南ではなく南東の香河(フオン川)のほうを向いていて、皇帝の住まいは川に近いその側にあります。1880年代にフランスの保護国になるまで政治の中心で、そのあとはおもに伝統の儀式をたもつ場所になりました。最後の皇帝バオ・ダイは、1945年8月30日にここで退位しました。
巨大な城
城は1803年に測量され、1805年から1832年まで、明命帝(ミンマン帝)の時代まで工事が続きました。約30年のあいだに何万人もの人がかかわり、何百万立方メートルもの土や岩を動かしました。「ヴォーバン式」で作られていて、まわりの長さ10キロメートル近いジグザグのかべがあり、ほりにかこまれています。場所は風水師たちが選びました。てっぺんが平らな御屏山(グービン山)が自然のついたてのように前に立ち、その両側に川の小さな島が2つあります。
王宮の中
王宮そのものは、2つ目の高いかべと2つ目のほりにかこまれています。中には、門のある中庭、庭、あずまや、宮殿があります。城にすめるのは皇帝の家族だけで、そこに仕える女官、宦官、兵士をのぞいて、ふつうの人は入れませんでした。役人と国の学校の学生は、仕事の時間のあいだだけ入ることができました。
被害と建て直し
王政が終わると、宮殿は手入れされず、シロアリや台風の被害を受けました。いちばんひどい被害は戦争によるものでした。1947年にベトミンが城をせんりょうし、多くが失われ、20世紀の戦いで残った銃弾のあとは今も見ることができます。修復の作業は今も続いています。
おもしろ豆知識
- 内側の紫禁城は、北京の紫禁城を手本に造られました。
- 城のかべはまわりの長さが10キロメートル近くあり、ジグザグの形をしています。
- 宮殿は紫禁城をお手本にしていますが、香河のほうを向いています。
- バオ・ダイ帝は、1945年8月30日にここで王政を終わらせました。
- 20世紀の戦いの銃弾のあとが、今もかべに見られます。
地球儀では
このモデルは、午門と黄色い屋根のあずまやがある、かべにかこまれた宮殿を表しています。2階建ての門をさがしてみましょう。
クイズタイム
フエ王宮(午門)とバイヨン、古いのはどっち?
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答え:バイヨン(1833年 対 1200年) バイヨン →
地球儀で近くにあるもの
参考資料
更新: 2026-10-14





