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万里の長城

Great Wall

万里の長城
写真: Severin.stalder, CC BY-SA 3.0 · 出典

万里の長城は、1本の壁ではなく、中国北部に広がる壁や塔、とりでが長くつながったものです。中国の国々や王朝が、何百年もかけて北の国境を守るために建てました。相手は、ユーラシアのステップと呼ばれる草原を移動しながら暮らす遊牧民でした。いちばん古い壁は紀元前7世紀にさかのぼり、よく知られている石とれんがの部分は、1368年から1644年まで中国を治めた明の時代に建てられました。

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ひと目でわかる

国
中国
完成
7th c. BC – 1644
種類
要塞

すぐわかる答え

万里の長城はどこにありますか?

中国にあります。

北方の防衛のため何世紀にもわたり築かれた城壁で、総延長は数千キロに及びます。

これまでに建てられたすべての枝分かれや区間を数えると、2012年の中国政府の調査では、東の海岸の遼東近くから西の果てのロプノールまで、約21,196kmもありました。ユネスコの世界遺産で、2007年には新・世界七不思議のひとつに選ばれました。

歴史

中国がひとつの国になる前は、ライバルどうしの国がそれぞれ国境を守るために自分たちの壁を建てていました。今残っているいちばん古い部分には、土をかたくつき固めた「版築」でできたものがあり、およそ2,500年前のものです。紀元前220年ごろ、始皇帝が中国を統一し、これらの壁をたくさんつなぎ合わせました。その後の王朝も壁を直したりのばしたりしました。明の皇帝たちは、大部分をれんがと石で建て直し、見張り台を加えました。1644年、満州族が山海関から長城を通りぬけて北京を手に入れると、それ以降、長城は守りのためにはあまり重要ではなくなりました。

どんな役目をしていたの?

長城は、ただのかべではありませんでした。兵士たちは長城ぞいの兵舎や守備所で暮らし、見張り台から遠くまで見わたしました。急いで危険を知らせるときは、塔から塔へと煙や火の合図(のろし)をあげました。1567年から1570年にかけて、将軍・戚継光のもとで、北京の近くだけでも約1,200の見張り台が建てられました。長城は国境の検問所のような役目もしていて、出入りする人を見張ったり、シルクロードの交易路で運ばれる品物に税をかけたりしていました。

どれくらい長いの?

答えは、何を数えるかによって変わります。2012年の中国国家文物局の調査では、明の時代の長城だけで、堀や丘・川などの自然の守りもふくめて約8,850kmでした。それより前の王朝の古い壁や堀をすべて加えると、合計は約21,196kmになります。百科事典の中には、本線の壁だけを数えて約4,000〜5,500kmという短い数字をのせているものもあります。どちらにしても、人類の歴史の中でも最大級の建築プロジェクトです。

おもしろ豆知識

  • 2012年の中国の調査によると、すべての支線を含めると万里の長城の長さは約21,000 kmです。
  • れんがをくっつけるのに、もち米のスープに石灰をまぜたモルタルがよく使われました。
  • よく言われる話とちがって、月から肉眼で万里の長城を見ることはできません。はばがせまく、まわりの土地にとけこんでいるので、低い軌道からでも見つけるのはとてもむずかしいのです。
  • 北京の近くにある八達嶺は、最初に観光客に公開された区間で、2018年には1,000万人近くが訪れました。
  • 中国語の名前「万里长城」は「1万里の長い城壁」という意味です。「里」は中国の昔の距離の単位です。

地球儀では

模型では、中国北部の丘にそってくねくねとのびる長城と、そのところどころに立つ見張り台が見られます。目で追いかけて、土地の起伏にあわせて上ったり下ったりするようすを見てみましょう。

地球儀で近くにあるもの

参考資料

更新: 2026-10-13