スエズ運河
Suez Canal

スエズ運河は、エジプトにある人工の水路で、地中海と紅海をつないでいます。北のポートサイドから南のスエズの町まで約193kmあり、「スエズ地峡」と呼ばれるせまい土地を横切っています。運河は、アフリカとアジアの境目にもなっています。
3D地球儀で見る →ひと目でわかる
- 国
- エジプト
- 完成
- 1869年
- 種類
- インフラ
すぐわかる答え
スエズ運河はどこにありますか?
エジプトにあります。
スエズ運河はいつ完成しましたか?
1869年に完成しました。
地中海と紅海を結ぶ全長193kmの水平式運河で、1869年の開通以来、アフリカを迂回せずに欧州とアジアを結ぶ海運の近道となっています。
1869年に運河が開通する前、ヨーロッパとアジアのあいだを行き来する船は、アフリカの南のはしをぐるりと回らなければなりませんでした。運河を使うと、アラビア海からロンドンまでの旅が約8,900kmも短くなります。そのため、地球でもっとも大切な航路のひとつになっていて、2021年には2万600隻以上、一日平均約56隻が通りました。
どうやってつくられたの?
人びとは何千年も前から、この2つの海をつなぐことを夢見てきました。古代エジプトやペルシャの王たちはナイル川から紅海まで運河をほりましたが、土砂でうまってしまいました。今の運河は、フランスの外交官フェルディナン・ド・レセップスの計画でした。彼は1854年に、運河をほる会社をつくるための公式な許可「コンセッション(特許)」を手に入れました。工事は1859年4月25日、のちにポートサイドになる場所で始まり、10年かかりました。最初の何年かは多くのエジプト人の働き手が強制的にほらされ、何万人もがコレラなどの病気で亡くなったと考えられています。2つの海は1869年8月18日につながり、運河は1869年11月17日に開通しました。
船はどうやって通るの?
スエズ運河は海面と同じ高さの運河で、閘門がありません。海水が運河の中を自由に流れているので、船を持ち上げたり下ろしたりする必要がないのです。運河の多くは一車線なので、船は「コンボイ(船団)」と呼ばれるグループで進みます。ふつう一日に南行きが2つ、北行きが1つです。船どうしは、グレートビター湖やバラー・バイパスのような広い場所ですれちがいます。通りぬけるには約11〜16時間かかり、波で岸がけずられないよう、船は時速約15kmでゆっくり進みます。運河は1869年から何度も広げられ、深くされてきました。
閉鎖と立ち往生
1956年、エジプトのガマール・アブドゥル=ナーセル大統領が運河を国有化しました。つまり、運河を運営していた会社をエジプトのものにしたのです。これが「スエズ危機」という短い戦争につながりました。1967年に第三次中東戦争(六日戦争)が始まると、運河は8年間閉鎖され、1975年にやっと再開しました。2021年3月には、巨大なコンテナ船「エバーギブン」が強い風で座礁して横向きになり、6日間も運河全体をふさいでしまいました。ようやく引き出されると、待っていた約450隻の船がまた動けるようになりました。
おもしろ豆知識
- 2021年、巨大なコンテナ船エバーギブンが6日間にわたって運河をふさぎました。
- 1967年に運河が閉鎖されたとき、15隻の貨物船が8年間閉じこめられ、「イエロー・フリート(黄色い船団)」と呼ばれるようになりました。
- ナポレオンは、技師たちが紅海は地中海より約8.5m高いとまちがえて信じていたので、ここに運河をつくるのをあきらめました。
- 1869年の開通当時、運河の長さは約164km、深さは8mでしたが、今では長さ約193km、深さは約24mです。
- プランクトンから魚まで、1,000種類以上の紅海の生き物が運河を通って地中海で見つかっています。科学者はこれを、ド・レセップスにちなんで「レセップス移動」と呼んでいます。
地球儀では
模型では、地中海と紅海のあいだでエジプトを横切る、海面と同じ高さの長い運河が見られます。ズームして、アフリカを回らずにヨーロッパとアジアのあいだを船が行き来できる水路をたどってみましょう。
クイズタイム
スエズ運河とアズハル・モスク、古いのはどっち?
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答え:アズハル・モスク(1869年 対 972年) アズハル・モスク →
地球儀で近くにあるもの
参考資料
更新: 2026-10-13




